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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)85号 判決 1959年4月30日

原告 相川竹吉

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨及び原因

原告は、特許庁が昭和三十三年抗告審判第二、四〇三号事件について同年十一月十三日附でした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする、旨の判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は、「三角方式測角器」の発明につき昭和三十年三月二十六日特許を出願し、同年特許願第八、八八一号として受理されたが、昭和三十二年十二月十日附で拒絶理由の通知があり、原告はこれに対して昭和三十三年一月十八日、三月十四日、同月二十六日の三回にわたつて意見書を提出したが、昭和三十三年八月十一日附で拒絶査定を受け、その謄本は同月二十日原告に送達された。

原告は、特許庁審査官の本発明に対する認識不足を解くためには、図面の改訂によるほか方法がないと考え、極力図面の作製中であつたので、改訂図面と大略の説明とを添えて、期間のけ怠の結果を免れるための請求書に、抗告審判請求の期間延長請求書をも同封して、昭和三十三年九月十六日速達便で特許庁に送付した。

しかるに、特許庁は、本件の期間け怠については特許法第二十四条第二項による請求を行うことはできない、との理由で、原告の提出した前記各書類を原告に返却し、抗告審判請求期間の延長請求については何ら触れるところがなかつたので、原告は、やむなく、すでに期間は経過していたが、昭和三十三年九月二十六日に抗告審判の請求をしたところ、特許庁は、同年抗告審判第二、四〇三号として、同年十一月十三日附で、本件抗告審判の請求はそのための法定期間を経過した後の不適法な請求であり、その欠缺は補正することのできないものである、との理由のもとに、本件抗告審判の請求を却下する、との審決をし、原告は同月三十日にその謄本の送達を受けた。

二、右審決に至るまでの経過を検討するのに、審決は次の諸点において誤りを犯していると云わなくてはならない。

(一)、前記拒絶査定が本件特許出願の拒絶理由として引いた拒絶理由通知書の記載によれば、大正十二年実用新案出願公告第六、二七三号公報を引用して、本件出願を拒絶すべきものとしたが、そのことは本件発明とその新規性とに対する認識欠如にもとづくものであり、本件発明の新規性は右引例と全く性質を異にする。また、右拒絶理由通知書は、本件発明をもつて特許法第四条第二項の規定によつて同法第一条の新規な工業的発明と認めることができない、としたが、特許法第一条は同法第四条第一、二項に対応するものであつて、第四条第一、二項の双方に該当するのでなければ、拒絶理由は成立しないものである。のみならず、本件発明が前記刊行物によつて容易に実施することのできないものであることは、事実がこれを証明しているから、同条第二項を適用したことも不当である。

(二)、本件拒絶査定は、右のごとく拒絶理由を誤つたため、原告の意見書に対しても無意味の記述を羅列し、拒絶査定たるの意義を有しない。

(三)、また、特許庁が原告の抗告審判請求期間の延長請求書を、特許法第二十四条第二項により返却したのは不当である。

(四)、本件抗告審判の審決は、前記の各事実を無視してされたものであるから、審決たるの意義を有しない。

三、そもそも特許制度の意義は発明の保護助成にある。

しかるに何ぞ、本件審決が拒絶査定の当否を判断するに及ばずして、抗告審判請求の形式審理に終つていることは、法規の解釈適用を誤つているものというべきである。

よつて、本件審決の取消を求める。

第二答弁

被告指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告の特許出願から本件抗告審判の審決の謄本送達にいたるまでの経過及び右審決の理由とするところについての原告の主張は争はない。

二、本件抗告審判請求は、期間経過後になされたもので、その理由により右請求を却下した本件審決は相当である。

理由

一、原告の「三角方式測角器」なる発明につき、原告主張の経過でそれぞれ特許出願及び拒絶査定があり、原告主張のとおり抗告審判請求がなされたところ、原告主張の理由により右請求を却下する旨の審決が原告主張の日附でされ、その謄本が原告主張の日に原告に送達された事実については、当事者間に争がない。

二、原告の本件抗告審判請求が、原告において拒絶査定の送達を受けた日から特許法第百九条所定の三十日の期間を経過した後にされたことは、原告の自ら認めるところである。そして、原告が右抗告審判請求の手続をとに先んじて、その法定期間内たる昭和三十三年九月十六日に、原告の主張するごとき、いわゆる期間のけ怠の結果を免れるための請求書と抗告審判請求の期間延長請求書とを特許庁に提出したが、原告主張のごとき理由を附して、そのいずれもが原告に返却された事実についても、当事者間に争がない。

三、原告は、特許庁が原告の抗告審判請求期間の延長請求書を特許法第二十四条第二項により返却したのは不当であると主張するが、特許庁が同条を引いて却下したのは、原告のいわゆる「期間のけ怠の結果を免れる請求書」についてであると認めるのが相当である。

さて、特許法第二十四条によれば、出願、請求その他の手続をしたものが、これに関する爾後の行為につき指定の期間を懈怠したときは、特許庁長官はその出願、請求その他の手続を無効とすることができるが、その場合にその期間の懈怠が宥恕すべき障礙に因るものと認めるときは、その障礙の止んだ日から十四日以内であつてその期間満了後一年以内の請求に依り、特許庁長官は懈怠の結果を免れしめることができる、旨規定されているので、原告が本件抗告審判提起前に前記のような手続に及んだのは、まずこの規定の適用を求めたものであると推測される。しかし、本来この規定の適用されるのは、例えば特許法施行規則第十一条第一項による方式違背、書面の不備、不明瞭等の改正又は補充のように、出願、請求その他の手続をしたものが、その手続の段階において、特許庁長官等から期間を指定してある種の行為をなすべきことを要求されたときに、指定期間内にその行為をしなかつたことによる不利益を受けることのあるべき場合に関するものであることは、前記法条の立言自体に徴して明らかである。しかるに、本件において原告は審査官の拒絶理由の通知に対して三回も意見書を提出し、審査の結果出願を拒絶されたことは、原告の自ら認めるところであるから、前記法条の関係する場合ではないといわなくてはならない。或いは、原告の意思は、すでに意見書提出の期間は過ぎているが、改めて提出した意見書に基いて審査したうえ、さきにした拒絶査定を撤回されたい、というにあるとも想像されるが、すでに拒絶査定がされたのちにおいては、抗告審判手続を経るのでなくては、その効果を否定することができず、単に特許法第二十四条第二項による請求のみで拒絶査定の効果をくつがえし得るとすることは相当でない。

四、次に、原告の提出した抗告審判請求期間延長請求書について特許庁がこれを返却したことは、特許法第二十三条による原告の右延長申請を却下したものと解せられる。そして、同法条により法定期間の延長を得るためには、単にその請求をしただけでは足りず、特許庁長官が右請求を容れて(或は職権で)、期間を延長する行為があつて初めて期間延長の結果を生ずるのであるから、本件において、原告が前記申請をしたことにより、抗告審判請求期間が延長されたものと考えることもできない。また同条は、外国又は遠隔若しくは交通不便の地に在るもののため、法定期間延長の制度を設けたのであるが、原告は本件抗告審判請求期間内に前記のような各書面を提出することができたのであるから、本件につき特に抗告審判請求期間を延長するの必要があつたものとも認められず、特許庁長官が右請求を容れなかつたとしても、これをもつて不法とすることはできない。

五、最後に、かようにして法定期間を徒過した抗告審判の請求であつても、これを救済する方法がなかつたかどうかについて考えてみる。特許法第二十五条によれば、特許に関する出願、請求その他の手続をする者が、その責に帰すべからざる事由に因り第百九条等に規定する期間を遵守することができなかつた場合にあつては、その事由の止んだ日から十四日以内であつて、かつその期間満了後一年以内に限り、懈怠した手続の追完をすることができる、と定められているのであるから、もし原告が不可抗力等その責に帰し得ない事由で抗告審判請求のための法定期間を守ることができなかつたのであれば、前記法条の定める条件のもとに、その期間経過後でもなお抗告審判の請求ができたわけである。しかし、原告は本件抗告審判を請求するにあたつて、何らそのような事由のあることを主張した形跡がなく、また、前記のような事情は、これをもつて、不可抗力のように原告の責に帰すべからざる事由と認めることは困難である。したがつて、この規定によつて、本件につき救済を与えることもできない。

六、原告のした本件抗告審判の請求は、法定期間経過後にされたものである点において不適法であつて、とうてい却下を免れない。そして、そのように結論された以上、特許庁抗告審判官が、進んで、原告が種々主張するような本件特許出願の実体につき審理し判断を与えなかつたことには、毫も違法の点がないというべきである。

本件抗告審判の審決には何ら取消の理由たる違法の点が認められないので、原告の本訴請求はその理由がないものとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 下関忠義 入山実)

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